目の酷使と疲労の蓄積が疲れ目の原因

疲れ目が起こる経過をたどってみるとほとんどが「目の酷使」と「疲労の蓄積」という点にたどりつく

からだの疲労と目の疲労は同じ

人間の体は、使えば疲労するのが当然です。運動を行った後に足や腕などが筋肉痛になるのは当然です。目の疲れも基本的にはこれと同じなのです。「目の筋肉痛」というとイメージしやすいかもしれません。
運動の場合も、目の場合もですが、トータルの運動量が一定ラインを超えると体からSOSのサインがでるのです。
運動の場合であれば、筋肉痛、目の場合であれば、疲れ目というSOSがでる。というわけです。

疲労を解消するか蓄積するかでは大きな違いが生じる

運動の場合であれば、筋肉痛になればマッサージを行ったり、シップを貼ったりして疲労の解消に努めます。これに対して目の疲労の場合はどうでしょう。
会社や学校でPCをさんざん使ったあとに家に帰ってきてDVDを見たり、TVを見たりしていませんか?
疲れ目に対するケアの自覚がない人がほとんどです。足や腕の筋肉に比べたら目の中にある毛細血管はかなり繊細です。
本来であれば、手や足以上に労るべきなのです。疲れ目を感じたときにSOSのサインだときちんと自覚して目を休めることをしないと、疲労は蓄積していくばかりです。
SOSのシグナルをもっと敏感に感じ取ることが大切です。

目についてワンポイント

人間が生きていく上で必要な情報を収集するのは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚と五感を使います。そのうち視覚を通して得る情報量は90%にものぼります。
人類が誕生して数百年も前から敵をいち早く発見し危険から身を守り、食糧を確保し、生命維持のために「見る」行為が非常に大きな役割を担っていたのです。今も当然それはかわりません。
本来情報収集を行うためにかなり精密に頑丈に作られている目ですが、近年のOA化により目の疲労はどんどん増加しています。
目を休めることはとても大切なことなのです。

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